「ルーファー、ルーファー!」
「こっちですよー」
庭園を、斗樹はルーファスの名を呼んで歩く。少し先の角から帰ってきた応えに、斗樹は顔を輝かせた。
他人行儀な呼び方だったものが、今では親しげに愛称で呼び合う。時には睦言のように肩を寄せ合い、クスクスと笑いあう姿。幸せに満ち満ちていた。
「そういえば、もうすぐですね」
「何が?」
天気がいいからと、デッキで斗樹は学校の宿題を解いていた。英国滞在期間は夏休みギリギリ。帰国してからでは間に合わないと持ち込み、合間を見つけては少しずつ片付けていた。心強いことに、わからないところはルーファスが丁寧に教えてくれた。頭はいいらしい。
「トキが日本に帰る日ですよ、来週でしょ?」
「……あ」
すっかり忘れていた。もうそんな時期になったのかと、斗樹は思い返した。
斗樹はあの一件を最後に、会合への出席を取りやめていた。ヴァージルが先んじて、各所に辞退を申し出ていたらしい。心身ともにすっかり疲弊していた斗樹に与えられた束の間の休息。
中心街からは離れてはいたが、娯楽のない屋敷であっても有意義な日々を過ごしていた。きっと、ルーファスの存在によるところが大きい。
天気がいい日は二人で近場を散策したり、ときには大胆に昼間からセックスに興じたりと、日々は穏やかに流れていく。
明日行われる『オルブライト家』家長の誕生パーティーに出席すれば、斗樹が出席しなければならない会合は全て終了する。そして、帰国の途に着くのだ。
「そっか……もう来週か……」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。ルーファスとこうして語らい、笑いあう時間も残り僅か。
「出かけましょう、トキ」
「……え?」
突然の申し出を、斗樹は一瞬理解できなかった。向かいのイスに座って臨時の家庭教師になっていたルーファスは、微笑みながら立ち上がった。
「街に、ですよ。日本に居られるトキのお祖父様やお祖母様にプレゼント(おみやげ)、用意しないのですか? 案内しますよ、いいお店知ってますから」
「うん、行く!」
斗樹は笑顔を綻ばせる。目的がどうあれ、ルーファスと一緒に出かけられる、そのことが嬉しかった。
二人は楽しげにショッピング街を歩いた。
これは、あれは、と声を掛けあいながら様々な店を巡る。小腹が空けば屋台で買い食いし、お互いのを交換しあったりもした。
こんな時間を過ごせるのも、あと少し。そう思えば少し寂しい。
「? トキ、どうした? 歩き疲れた?」
一歩前を歩くルーファスが振り返り、問いかける。斗樹は首を横に振って、大丈夫だと応えた。
「まだ少し明るいけど、もう遅い時間なんだね。じいちゃんとばあちゃんのお土産も買えたし、そろそろ帰らないと……」
時計を見れば、短針は8時を過ぎている。
「帰る前に1箇所、トキに見せたいものがあるんだ。少しだけ。すぐ近くだから、そんなに時間はかからないよ」
ルーファスが斗樹を連れてきたのは高台だった。人気はない。整備はされているが、あまり知られていない場所なのだろう。
「――見て」
「うっ、わぁ……」
斗樹は、感嘆の声を上げる。ルーファスが見せたいといったもの、それは夕日に染まる街。一枚の絵画のように、世界は朱く彩られていた。
「綺麗……」
まるでこの世とは思えない美しさ。息を呑む迫力。そして、刻々と色を変えていく世界。
「ここは私のお気に入りの場所なんです。だからせめて、あなたにも見せたかった」
隣り合い、西の空に沈み行く夕日を見つめる。
「ありがとう、ルーファ」
「どういたしまして。最後にあなたと見れて、よかったですよ」
ルーファスは夕日に視線を向ける。世界を焦がす赤い灯火。燃え盛る太陽の断末魔。
「最後、じゃないよ」
「……え」
ルーファスは虚を衝かれたような表情で、自分の隣を見やる。
夕日に照らされながら、穏やかな笑みを斗樹は浮かべていた。
「確かに俺は来週、日本に帰る。次に来れるのがいつになるかはわからない。でも、だからって繋がりまで終わらせる必要なんてないよ。
手紙とかメールとか、時差があるから難しいけど電話だってある。連絡を取ろうと思えば、いくらだって手段はある。なんだったら、ルーファが日本に遊びに来る?」
斗樹はそっとルーファスに寄り添う。
「きっと、また会いにくる……だから、最後だなんて言わないで。思い出にしないで」
「トキ……」
一夏の思い出になんかしたくない。思い出の人で終わりたくない。
好きだから。愛しているから。本気で恋し、愛している。だから。
――あいして
触れる唇が切なくて。
夕日に染まる
イカれた運命は イカれたまま廻る
もうもどらない もうなおせない
イカれた運命は コワレルダケ