「――んくっ……っ、……っぁ」
 2人はあの後、どちらからともなく斗樹の寝室へとなだれ込んだ。関係を考えれば使用人室が適切なのだろうが、その移動時間すら惜しい。
 早く重ねたい。触れ合いたい。その気持ちだけが急いた。
 当然、セックスの経験などない斗樹はどうすればいいのかわからない。
 興味が無かったわけではない。学校のクラスメートたちが、そういう話で盛り上がることも知っている。しかしこれまで斗樹が貪欲に吸収してきたのは、術に関する情報だけ。
 圧倒的に知識が不足しているのだ。だからルーファスに全てを委ね、言われるままに流されるしかなかった。
 乱れたシーツの上で、斗樹は荒い息を整える。
 なんと表現すればよいのか。未知の世界? 知らない世界? ああ、思考が回らない。男と女では体の作りが違うのは知識としては知っている。だから男と男がセックスとなれば、当然そこしかなくて。……その、なんていうか…………うん、キモチヨカッタのは確か。
 でも。
 違和感を感じる。何かが足りないと、心が叫ぶ。ドロリと這い出てくるような感触。高ぶる感情。
――知っている。この感情を自分は知っている。
 斗樹は上体を起こし、傍らの男を見上げる。その視線に気づいたのか、ルーファスは斗樹の頬を撫でた。
「ルーファスさんって、どっちもいけるって言ってたよね……」
「ええ、そうですよ?」
 斗樹は乗り上がるようにルーファスの肩を掴み、口付ける。そしてそのまま、ベッドの上へ押し倒した。
「やっぱり、こっちがいい」
 乱れた前髪をかき上げ、斗樹は薄く笑う。
 これは、歓喜。そして、支配欲。好戦的で凶暴な、もう1人の自分。
「積極的ですね、トキ様」
「やられっぱなしは性に合わないからさ」
 斗樹は目を細め、ルーファスの胸元に指を這わす。
「……ひどいね……」
 指先は、肩から腹にかけて残る引きつった傷跡をなぞる。死にかけていたという過去。これほどの大傷を負えば助かる見込みは非常に低い。ルーファスが助かったのは、奇跡としか言いようがなかった。
「今は殆ど痛みはありません。自分でも、よくこの傷で助かったと思ってます」
 だけど。もしこの傷がなかったら。『オルブライト家』に助けられていなかったら。こうして出会うこともなかったのかもしれない。そう思えば、この奇跡に少し感謝したい。
「トキ様」
「――斗樹。『様』はいらない。仕事だっていうんなら仕方ないけど、こういう時くらい名前で読んで」
「なら、ルーファスと。私も、そう呼んでほしいです」
 月光に照らされた翠玉色の瞳が、綺麗な弧を描く。
「ルーファス」
「トキ」

――愛してる









 東の空が白む。それは夜明けが近いことの兆し。
 ルーファスはベッドに横たわりながら、色を変え始めた空を見あげていた。傍らには昏昏と眠る斗樹。
 一晩中、2人はゲームを興じるかのように体を重ねあった。どちらが主導権を握るとか、たわいない話をしながら互いの熱と肉に溺れあう。先に音を上げたのは斗樹だった。
 眠いとか、絶倫とか、他にも散々なことを言っていたが、ぷつんと糸が切れたようにベッドに沈んだ。ルーファスの精力についていけなかったらしい。初めてなのだから仕方ないのかもしれないが。
 上体をわずかに起こし、ルーファスは泥のように眠る斗樹の姿を見下ろす。投げ出された左手の包帯は緩んでいた。その手をとり、包帯を解く。そこに目的の物があった。
 左手の甲。深く焼きついた契約痕。多くのものが欲し、手に入れられなかったもの。当時、まだ十にも満たない幼子が手に入れた偉大な力。
「……まるで、聖痕だな……」
 ルーファスは恭しく口付けた。こんな、たったこれだけのために多くのものが道義を見失い、破滅した。そして、術師の死を持ってしてか契約は解除されない。
「…………」
 きっと『彼女』は気づいている。斗樹の父ヴァージルも秘書のハロルドも、少なからず感づいているだろう。まだ、気づいていないのは『彼』だけだ。
 だからこそ守りたい。守らなくてはいけない。
「…………だから私を――」

 私は もう 『彼』を 殺せない