夏が、またやってくる。
草木も眠る深夜、斗樹は自室の窓辺で煙草を吹かしていた。流れる風は生温く、本格的な夏の到来を刻々と伝えている。
また、嫌な季節が巡る。
あの事件以降、斗樹は1つの持病を抱えることとなった。
PTSD――心的外傷後ストレス障害。早い話がフラッシュバックだ。
自分の生死がかかったあの事件。その時の記憶が斗樹を苦しめた。特に夏の季節は、事件の時期と重なっていることもあってか一番ひどい。
癒えない傷から目を逸らすように、斗樹は酒に煙草に手を付けた。そうしていつの間にか、フラッシュバックを発症したら苦いもので抑える習慣がついてしまった。
このことを知るのは朱砂とヴァージルだけ。心配をかけたくないと、斗樹は祖父母に伝えることを固辞した。だから時折、こうして人目をはばかって煙草を吸う。酒は……飲み仲間もいるから隠すことはしなかったが。
「…………」
窓の外には、眠らない街。点々と灯る明かりの下には、今日も人々が生活している。
斗樹は手に握りしめた煙草の箱とジッポを見つめた。
ブラックホールのジッポに、赤い色が特徴的なパッケージ。そう、ルーファスが吸っていたものと同じ銘柄。ジッポもルーファスのもの。斗樹はそれを遺品として受け取った。捨てることもできたはずなのに、斗樹はどうしても手放せなかった。
思い出を手放せないのと同じなのだ。あの日の記憶が今もなお斗樹を蝕んでいるように。
それでもいい。
自分はもう誰も愛さない。本気の恋はしない。上辺だけを好きになって、自分の心には蓋をする。誰にも触れさせない。そうやって生きていく。
「……ルーファのバカ」
斗樹は、自分で消してしまった恋人を罵った。
本気の恋はしない、そう決意した
きっと誰も、好きになれない、愛せない……そう思ってた
――