板張りの廊下を、ゆったりとした足取りで煙草を吹かしながら謡坂は歩いていた。空にはぼんやりと猫の目のような三日月が浮いている。
火急の用事でなければ無視を決め込むところだったが、如何せん仕事に関わるとあっては電話にでるしかなかった。電話口で用を済ませ、自身の部屋へと向かう。
来客が、そこで謡坂の戻りを待っているのだ。
外は仄暗く、障子越しに部屋の明かりが僅かに溢れていた。そして戸越しに聞こえる、微かな声。障子戸を開けば、謡坂は僅かに喉で笑った。
万年床とかした床の上。一糸纏わぬ身体で足を大きく開脚させ膝を立てて横たわるその裸体。ゆるゆると手を上下させ、自分で自分のモノを慰めている男。息は弾み、肌はしっとりの汗ばみ始めている。
男の名を、佐田久甲斐。謡坂にとって、大学での教え子であり、色んな意味での弟子だ。
甲斐は謡坂の姿を認めると、縋るように声を上げる。その手の動きが緩むことはない。
「せん……せい……先生っ……」
ああ、やはりその呼び方は倒錯的だ。
秘所丸出しであられもない醜態を曝す「父」の姿を、「娘」はどう思うだろうか。謡坂はただ微笑むだけだ。
聡明でありながら無知もいいところの甲斐に、電話の用から戻ってくるまで自慰をしているようにと言いつけたが、どうやら盲目的に従順したようだ。肉棒が頭をもたげ、その先端から滲み出る粘液で濡れている。謡坂が「止め」と言うまで、その手が止まることはない。
甲斐の傍らに膝をつき、謡坂は静かに笑う。見上げられた目にはたっぷりと涙が蓄えられ、頬は蒸気している。額には幾つもの脂汗が浮き出ていた。
謡坂は口に加えていた煙草をゆっくりと吸う。先端が赤く燃え色づいた。そのまま火の勢いが衰える前に、赤い花々が咲き誇る甲斐の内股へと押し付けた。
とたん、嬌声じみた絶叫が迸る。
身体を震わせ、それでも暴れる事のないように甲斐は自分を制していた。足の指先がキュッと丸まり、シーツを引っ掻く。
時間にすればものの一、二秒だろう。煙草がはずされ、生肉の焼けた嫌な匂いとともに皮膚は爛れ、甲斐の内股に新しい華が一輪咲き誇った。
絶叫は次第に掠れ、大きく呼吸を繰り返す。どっと汗が吹き出し、甲斐の顔は涙と汗にまみれていた。その姿を見届けた謡坂は、甲斐の頭を優しく撫でる。よく出来た子は褒める、そんな感覚だ。
「甲斐、こういうときはなんと呼ぶのだったか?」
「……基、さん……」
荒い呼吸の合間に、甲斐は「正解」を答える。そう何度も教えこまれても、口癖のように「先生」と口をついてでてくるのだ。
「くく、覚えるまで何度でも教え込むがな」
謡坂は甲斐の上体を抱き起こす。足は開かせたままだ。顔を上へ向かせて覗き込めば、僅かに瞳の奥に理性のかけらが残っていた。
理性など全て無くしてしまえばいい。
最後の理性の膜を剥ぎ取るために謡坂は甲斐の前へ膝立ちし、その汗と涙に濡れた頬を指先でなぞる。
「わかるな?」
端的に一言。甲斐はそれだけで理解し、こくりと頷く。導かれるままに謡坂の着物の裾を捲り上げ、下腹部を弄る。僅かに膨れ上がったソレを引き出すと、なんの戸惑いもなく口に含んだ。舌を懸命に使って絡めてくる。
習慣づけてみるというのも、いいものだ。謡坂は緩やかに自身の性器を慰めてくるその心地よさにほくそ笑んだ。何度も、何度も根気よく導き促す。最初の頃こそ抵抗感を滲ませていたが、今ではすっかり口淫も板についている。
もう少し、男の性を咥える甲斐の表情を眺めていたかったが、謡坂は離れるようにその額に手を当てる。
「……んっ……もとい、せん……せい?」
意識が白濁し始めたのか、呼び方が中途半端になり始めた。口元からは飲み込めきれなかっただろう唾きが滴ってる。その口元に右手を添え、這わせる。唇という壁を超え、口内へと指を挿し入れてやれば、今度は乳飲み子のようにその指を吸う。まったくもって、倒錯的だ。
無知な身体、女すら知らなかった身体を半ば強引に喰らい、男の味を注ぎ込んだ。今ではすっかり謡坂に飼い慣らされ、普通とは言いがたいほどに行為に純情だ。
指を引き抜けば、たらりと銀糸が後を引く。そのまま今度は、甲斐の下の口へとその指を突っ込んだ。
身体が大きく跳ね上がる。大腿が震え、頭を振る。だからといって、後孔を犯す指はその動きを止めてはくれない。激しく突き上げ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜてくる。その度に甲斐は喘ぎ、謡坂に縋り付く。柔らかく熱い内壁を撫でるように指の腹が押し、ヒクリと襞が蠢く。指先がある一点を強く引っ掻いた瞬間、甲斐は仰け反り身体を震わせた。
じわりと広がる、男の精の匂い。
自身の肉棒からは白濁したものが飛び散り、腹を汚している。その穢れた姿はとても扇情的だ。瞳は混濁し、どこか夢心地のようにも見える。首筋を撫でれば肩を震わせ、頬を撫でれば擦り寄ってきた。
震える指が謡坂の着物を掴む。その目は快楽に溺れ、理性など微塵も感じさせない。
手近な引き出しから取り出したのは、パッキングされた小さな包と小瓶。小瓶を傾ければ、透明な粘着性の液体が滴る。それをたっぷりと下腹部、そして秘所へと垂らす。冷たい液体を浴びて甲斐は身体を震わせたが、冷たさはすぐに温み、身体から力を抜く。
今度は丹念に、その液体を塗りこんだ。
窄まりをなぞっては、指を挿し込む。イかせる動きではなく、甲斐の身体を受け入れる状態へ。内壁を撫でれば身体をくねらせ、熱い吐息を零す。後孔はひくひくと浅い呼吸を繰り返している。
俯せになるよう促し、四つん這いにさせる。甲斐の肉棒の先端は、トロトロと濁った涙を零している。尻椨を叩き、肉を寄せれば、それすらも快感なのか甘い声をあげた。
以前の、苦悶と快楽が混ぜこぜになった表情を浮かべながら、いつになく喘ぎ乱れていた甲斐の姿を思い出しながら、謡坂は口元を歪める。綺麗な弧を描いていた。
小さな包の封を開け、器用に片手で自身の性器へゴムを被せれば。
「……いれるぞ」
熱を孕んだ重く低い声色に、甲斐は反射的に首を縦に振った。
ずるりと。壁を突き破り、狭い裡を突き上げてくる質量に小さな悲鳴が上がる。思わず腰が引けた。しかし逃れることは許されず、左腕を後ろ手に回されバランスが危うくなる。掴む謡坂の右手の力は異様に強く、キリキリと腕を締め上げる。
甲斐は無様に崩折れないように何とか踏みとどまった。
その姿を見下ろしながら、謡坂は律動を始める。
何度も裡と外を行き交う肉棒。ゆっくりと、徐々にそれは奥へ奥へと深みを増していく。塗りこまれた潤滑剤が粘質な音を立てる。
開かれた口からは熱い吐息、喘ぐ声が溢れ、唾きが滴っていた。謡坂の律動に合わせて、甲斐の身体も前後に揺れる。
「せん……せぇ……せぇ……んせぇぁ――」
肉棒がより深い裡を抉る。甲斐の背中は反り、喉が仰け反った。
――絶頂
身体を支えていた片腕から力が抜け、甲斐の上半身が床の上へと堕落する。裡から謡坂の熱が引けば、ごろりと身体を横たえた。
熱で火照った身体はしっとりと濡れている。その艶かしく開かれた唇を塞げば、呼応するように甲斐の舌が謡坂の舌へと絡まってくる。吐息を貪り、蹂躙する。
もっと。もっと――堕ちてこい。
謡坂は甲斐に向けて、満面の笑みを浮かべる。
手放せない。手放さない。引き止めるために、離れられないように。心も身体も縛るために、たっぷりと甘やかし、快楽を与え、その身を堕落させる。自分無しではいられないようにするために。
だからこそ、犯し、貪り、喘がせ、見えない枷で縛る。ゆっくりと、毒のようにその「愛」を与えて。
再び、謡坂は甲斐へと覆い被さる。まだ足りないとばかりに、その身体を屠り、嬲り、貪り犯した。
空に浮かんでいたはずの三日月は、雲に紛れてもう見えない。
その「歪んだ愛」の行く末など、誰も知らない。
ただ、歪んだ三日月だけが、嘲笑っていた。