あたりを満たすのは、火薬の匂いとその烟。そして、喧騒。
頭目掛けて鉄柱を仕込んだ日傘を叩きつければ、目の前にいた男の体が傾く。駄目押しとばかりに髪を絡ませ、宙へと放り投げた。
男の体は無様に地面の上へと落下する。死なない程度には加減した。案の定、男は目をまわして伸びている。
いくら『過激派』とはいえ、生粋の研究員。戦闘慣れしているわけがない。普通の人なら一目散に逃げているところを、果敢に向かってくるのだけはさすがと言えよう。
といっても、そこはやはり素人。
鈍器と化した日傘で急所を一撃すれば、大抵は視界を揺らす。なかには一発でノックアウトするものもいた。根性が足りない。
烟によって視界はすこぶる悪い。トラックに積みこむ際の目隠し代わりに特別配合されたもので、その効果持続は比較的長い。顔隠しの意味もあるから、少しの不便は承知のうえだ。
その烟のなかを、一線の黒い光が走る。ついで耳に届くは空を切る音と、切断される金属音。
黒い刀身は鈍い輝きを放つ。コートの裾を翻し、一切の無駄のない動きで数多の護衛ロボを切断していく。深い紺が飛躍し、また一体、また一体と切り捨てていく。
対人相手なら他の組員達でも対処できる。しかし機械はそうはいかない。だから今、『影灯籠』は護衛ロボを優先的に殲滅しているのだ。
その姿が視界の隅に消える。そうすれば、意識は自ずと前へと向いた。
白衣姿に、警備ロボに、騒ぎを聞きつけてか警備員も増えた。
軽く嘆息する。さっさと片付けて、皆と一緒に帰りたい。
『覚悟があるならかかってこい。その勇気は認めてやろう――賢くはないがな』
それは、老翁さまの言葉。
……そうね。『覚悟』を持つのは立派。でも使い所を間違えたら、それは只の愚行。
「邪魔をしないで」
ぞわりと、長い黒髪が意志を持ってうねる。緩やかな曲線を描く赤い双角が、人外であることを印象づける。
鬼の家系、『髪鬼』の末裔――『四家井』の女。
再び、日傘を構える。
一つでも多く。一人でも多く。その身の力の限り。