「――?」
人と人とが入り乱れ、混戦と喧騒のなかを疾走する赤い影が視界をよぎった。
赤い影は、朱寿と同じ渉外委員のエスチュアリーだった。
迫る敵を自身の能力で沈めているが、あまり回数は打てないと聞いていた。現に、素手で――大半はヒールで打ちのめしているが――交戦している。
それでも体格差が響いているのだろう。押し負けかけている。
くるりと髪をうねらせ、一房の髪が敵の顔を覆う。突然視界が奪われたことに戸惑ったのか、敵は動きを鈍らせた。
その隙をついて、エスチュアリーは人一人分のハマる程度の「穴」を作る。見事に男は下半身を穴の中に埋もれ、駄目押しの踵落としを決めた。
「……チュアリーさん」
「っあ、朱寿さん。ありがとう助かったわ」
額にはうっすらと汗が浮かび、息を弾ませてはいるが体力的にはまだいけるようだ。
朱寿は首を傾げた。もちろん暢気に世間話をしている状況ではない。
敵も攻撃の手を休めてはくれない。小柄な女性が二人。「女」だからと見縊っているのは十分に感じ取れた。
――だから容赦なく叩きのめす
コクリと頷きあえば、後は赴くままだ。
エスチュアリーが敵の足元に小型の窪みを作り出せば、足を取られて体のバランスを崩す。そこへ、叩き込まれるのは鉄柱仕込みの日傘。
ときには、朱寿の髪に絡められ放り投げだされる者は、その先で待ち構えるエスチュアリーに止めの一撃を食らわされる。
(……あのヒールは痛いでしょうね)
ちらりとエスチュアリーの足元を朱寿の見る。身長の低さをコンプレックスにしている彼女は、好んでヒールの高い靴を履いている。ヒールだって、十分凶器なのだ。
次々に伸しては倒し、活動している人がまばらになってから朱寿は尋ねた。
この位置は混戦の中央から離れている。人の波に飲まれにくくはあるが、撤退指示がだされた時に出遅れる可能性が高い。此処から先は岸壁で、あるのは船へ登るブリッジだけだ。
少しだけ照れくさそうにエスチュアリーが笑う。
「ほら、あたし、トメニア生まれでさ。小さい時にこっちに来たから、トメニアがどんな所なのか殆ど知らなくて……」
「……知りたかったの?」
「……うん」
もうちょっとで話聞けたのに、うまくいかないもんだねー。そう、彼女は苦笑する。
密輸船はトメニア帝国から来ている。運良ければと思ったのだろう。場所が場所故に、困難さはひとしおだが。
「……大丈夫」
「?」
「……今回はダメでも、きっと機会は巡ってくる。こんなとこじゃなくて、ちゃんと穏やかに話が聞ける場所で。だから、諦めないで」
後悔し続けるくらいなら、諦めずに前を向くのがいい。諦めたら、そこで終わりなのだから。
クスリと笑い合う。
だから今は。
「――そのためにも、この場を切り抜けよう」
二人は前を見据えた。ぞわりと黒髪が翻る。カツンっと、ヒールが唸る。
女だからってなめてたら、痛い目見るわよ?