八月十五日。その日、浅草は賑わっていた。

 観光名所でもある浅草寺は相変わらず観光人でごった返している。それでなくても、この日、一つの大きな催し物が行われようとしていた。
 荒神博。かつて、鬼才の寵児「荒神團十郎」が主催していたというそれが、長い時を経て再び催されるという。それでなくても、荒神一族は鬼才集団としても知られている。その叡智を見られるとあって、公会堂の周りには多くの来場者でごった返していた。
 そんな光景を遠くに、縹は一人で眺めていた。
 人々の顔は期待と興奮に満ち溢れている。開場を今かと待ち望んでいる。
――その裏で進んでいる、秘密の計画など知る由もないだろうに
 縹は軽く鼻で笑う。
 荒神一族現当主、そしてこの天照神国現総理大臣が何をしようとしているのか、多くの国民は知らない。もちろん、縹自身も全てをわかっているわけではないが、「碌でもない」ということだけは感づいている。
(初代も災難だな、「碌でもない」ことの隠れ蓑(カムフラージュ)に利用されるとは)
 少し、騒がしくなった。
 騒ぎの方へ視線を向ければ、黒塗りの高級車が公会堂の入口へ横付けしている。警備員が人垣を制し、車の周りを護衛と思しき者達が固めていた。
(裸の王様のご到着かい……)
 予想通り、車から降りてきたのは荒神博を主催した荒神雷蔵本人だった。周囲から上がる歓声へ鷹揚に応えている。
「……老翁さま」
 縹眺めている方向とは異なる方向から朱寿がやってくる。
「手筈は?」
「……予定通りに。手紙は荒神マオユミさんに届けられます」
 研究所内では『過激派』、『中立派』そして『穏健派』という派閥に分かれていることが、組の調査で判明している。荒神雷蔵が『過激派』を率いているのなら、それに対立している『穏健派』は荒神マオユミが率いているという。
 『過激派』による密輸となれば、おそらく『穏健派』はそのことを知らされていない可能性が高い。
 だから手紙を認めた。もちろん足がつかないよう、筆跡など念入りに偽装させて。
 これ(手紙)がどこまで影響をもたらすかは未知数だ。だが、可能性はゼロじゃない。もっとも、派閥同士の関係がどうなるかは椿組の知るところでもない。
「行くぞ」
 袂を翻し、縹は路地へと足を向けた。その後ろを朱寿も同じようについていく。
 刻限は刻々と迫っている。向かうは防壁に寄って閉ざされた『永代区』。

――『祭り』の始まりだ

(拝啓 荒神マオユミ様)
(密告イタシマス。)
(本日八月拾五日、午後弐時。『永代区』ノ港ニ、『トメニア』カラノ密輸船ガ入港イタシマス。)
(マタ、コノ件ハ『過激派』ニノミ通告サレテイマス。)
(『穏健派』ノ貴女様ナラ、コノ意味、オ分カリニナルト存ジテオリマス。)

Thanks:toad
20 Aug. 2013