「……ごめんください」
 朱寿はとある一軒の店先の戸をくぐった。



 深く入り組んだ路地の果て。人気は乏しく、古ぼけた店先にはこれまた古ぼけた木製の看板が、風に揺られてキィキィと侘しい音をたてていた。
 年季の入った木製の引き戸を開けば、店内も萎びたように薄暗い。
 微かな火薬の匂いが鼻腔を擽った。
 奥から足音が届き、朱寿はじっと音の持ち主を待つ。暖簾を分けて顔を見せたのは、深いシワが刻まれた老人だった。
「おやおやこれはこれは。確か、四家井の旦那のところのお嬢さんだったねぇ。おやおや大きくおなりになった」
 老人はケタケタと豪快に笑う。
「さてはて。今回はなんの入用でぃ? もちろん、四家井の旦那には『世話』になってますや、出来る限りのことはいたしますよ」
「……老翁さまから、これを手配して欲しいと」
 朱寿は縹から託された手紙を差し出す。老人はそれを受け取ると、ガサガサと無遠慮に開封する。
「なになに……センコウハナビに……ウチアゲハナビ……。おやおや、なにか祭りですか?」
「……ええ、大きな『祭り』をするんです」
「はっはぁー、それはなんとも楽しみな話なことでぃ」
「……期日までに至急――用意していただけますか?」
「もちろんですぜぇ。四家井の旦那の頼みのあっちゃー、断る理由もなし! お約束通り、期日までに至急。おまかせくだせぃ」
「では、宜しくお願いします」
 どんと胸を張る老人の姿に朱寿はうっすらと微笑み、ゆっくりとお辞儀した。



「……次の行き先は――」
 渋い木製の引き戸をゆっくりと閉じ、朱寿は縹から頼まれた覚書(メモ)に今一度目を通し、次の場所へと歩みを進めた。



 大輪の火の華が咲くまで、あと少し。

Thanks:夢に見る、無限の蝶
13 Aug. 2013