台西区浅草。その一角に構える豪壮な屋敷。その門口に掲げられた門札には、力強い達筆な字が刻まれている。
 『椿組』。
 それは、台西区をシマ(・・)とする関西最大の暴力団である。



「――今回の件、よっぽど重要なものということか」
 屋敷の一室に坐するのは、『椿組』四代目総長を襲名する九葉都。そして、先代の時代より共に『椿組』を支えてきた顧問の木乃屋狼次郎。同じく、顧問の四家井縹だ。
 三人は西京二十三区の地図を肴に、計画についてのこれからの話を取り交わしていた。
 目的地は防壁によって閉ざされた『永代区』。十五日午後二時、ここに運び込まれると荷物が目標だ。
 屋敷内は久しぶりの『祭り』とあって慌ただしい。そんな音に囲まれながら、狼次郎は重々しく呟いた。
「だろうな。密輸してまで手に入れようとしているんだ。さて、あの男、なにが狙いなのやら」
 左手で煙管を器用に弄り、地図を静かに見下ろしながら縹が返答をかえす。
「あながち、あの噂も馬鹿にはできんのぉ」
 くくっと喉で笑う音が溢れる。都だ。
 『噂』。研究所の何処かで、異世界――『東京』に関する研究がなされているという。真偽の程は定かではないが、事実、東京人は素性を隠して生きている者が多い。
 そもそも東京人が存在する時点で、異世界が存在していることを実証しているわけだが。
 強い閉鎖性がそんな噂を生み出したのだろう。
「やはり、これでは情報が足らんな」
 今現在出回っている地図のほとんどは、防壁が建設され特区になって以降のものしかない。すなわち、『空白』なのだ。
「古地図、古い文献、建設当時の航空写真も残っていればよりいいが…恐らく殆どが回収されてるだろうな」
「だが全てではあるまい。有りそうなところを当たれば、あるいは」
 煙管の烟が室内を揺蕩う。
 相変わらず家人たちの駆け回る足音は絶えない。時折、怒号のような声も聞こえてくる。
「それにしても……荒神博とはねぇ……」
「何だ、御前さん興味でもあったのか」
 ポツリと呟いた縹の言葉に、狼次郎は鋭い視線を向ける。
「いいや。ただ昔、暇つぶしに見に行ったことがあったなぁと思い出しただけさ」
 古い灰を灰吹きに落とし、新しい刻みたばこを火皿に詰め込む。その動きによどみはない。
 火を灯せば、赤く、赤く、火種が瞬いた。
 一拍置いて。
「あんた、いつの話だい」
「テメェ、いつの話だよ」
 綺麗な斉唱(ユニゾン)に、縹は冷笑的(シニカル)な笑みを浮かべた。
「想像に任せるさ。言わんが華というやつかね」

 新しい烟がゆらゆらと、舞った。

つばきのいとぐち 3 Aug. 2013
いとぐち(緒)…糸の端。転じて、物事の始まり。