ガタゴトと。荒れに荒れた、整備が行き届いていない道を数台の車からなる一行が走る。修繕もままならないのか、車体のいたるところが凹んだままだったり破損したままになっている。それでも車の集団はひたすら走りつづけた。
 目指すは天照神国首都、西京市。
 彼らはいまや天照神国を牛耳る荒神一派に反発し、抵抗を続けている『反荒神勢力』。そして、陰ながらに物資提供をする大阪帝国から、はるばる物資を輸送する集団だ。荷台の継ぎ接ぎだらけのシートの下には、日々を生き延びる人たちへの生活物資、更には抵抗戦を続ける仲間たちへの武器が積まれている。
 第三次世界大戦勃発により、世界中の国々は倒れ、疲弊していった。天照神国もまた神王が崩御するやいなや時の総理だった荒神雷蔵によって支配された。
 西京市にかつての面影は殆ど残っていない。ありとあらゆるものを搾取され、荒廃してしまったから。貧困と疲弊に生きる住民を尻目に、荒神一派だけが贅沢な生活をしている。当然、戦争によって傷ついた国土の復興など、夢のまた夢だ。
「…………おい」
 いかつい顔をした運転手が、助手席に座っていた小柄な女性へと声を駆ける。
 ガラスのはめられていないドア。砂まじりの風に身を任すように、女性は外の景色を見ていた。長かった髪は一思いに肩の上で切りそろえられている。色褪せた古着物を纏い、その肩には赤いストール。首には銀色に輝くネックレスが下げられている。
 そして頭の両脇には、鋭利な赤い双角。
 女性は懐からボロボロの懐中時計を取り出した。土に汚れ、風防ガラスにはヒビが入っている。それでも時計は負けじとばかりに刻々と時間を刻んでいた。
 それは、亡き人の遺品だという。
「……定刻どおりなら、もうすぐ西京市に入るわ」
 要件だけ伝えると、女性は時計をすぐに懐にしまう。それを受けた男は、携帯型のライトをドアミラーに当て後続車へと向ける。それはすぐに他の自動車へにも広がっていった。
 異国の地で開発されたという電信法。電波はおそらく傍受もしくは妨害がなされている。古い手法だが、こういった状況ではもっとも有用な技術だった。
 女性は車が走行した状態のままドアを開け、その身を乗り出す。他の車に搭乗するものたちも同様の行動をとった。
「速度は、緩めないで。そのまま突っ切って」
「わーてらー! お前さんもあんま、突っ走んじゃねぇぞ」
「お互い様」
「ハッハッハ」
 ぐるんと女性は体を振り子のように飛び上がり、ボンネットの上へと飛び乗る。いつの間にか、短かった髪は女性の身長ほどに伸びていた。
 冷たいアイスブルーの瞳が、ただ前方を見つめている。
「ハッ見えてきたぜ、お高くとまった『荒神様』よぉ!」
 男は皮肉いっぱいに声をはりあげた。
 前方。市内へと入る道に集団がいる。相手はこちらの一行に気づくと、大慌てて隊列をなそうとしていた。どうやら特高でも武装親衛隊でもない、下っ端の部隊のようだ。
 女性同様に荷台に移動していた者達が、一斉に宙へと飛んだ。
 そして響く、悲鳴。
 この輸送集団のなかでも戦闘に長けたものたちが、西京市への活路の道を切り開く。敵部隊を蹴散らしていった。女性もまた、その自慢の黒髪をうねらせ、敵部隊を蹴散らす。時にはその命を奪うことも厭わなかった。
 誰かが女性の髪を切り裂く。しかし何事もなかったかのように髪はすぐさま長さを取り戻し、その誰かを絞め殺す。
 死んでいく人の数も、その顔も覚えておく余裕はない。みんな、生きることに必至なのだ。
 幾人の血を吸った髪はより赤く染まる。その赤い双角はまさに血の色。
 圧倒的力の差に恐れをなしたのか、敵部隊からは敗走する者達もでてきた。深追いはしない。今の自分達はこの物資を荒川城砦へと移送することが最優先なのだから。
 置き去りにされた遺体は一纏めにされ、火が放たれる。幸い、火に長けた能力者がおり、遺体は骨一つ残さず荼毘にふされた。読経は後にでも、若い丁生寺の住職に頼めばいいだろう。
 少し前方で、車の集団が待っていた。各々が車に乗り込み、女性は最後に乗り込んだ。
「……仕方ねぇとはいえ、……嫌な気分だな」
「なら、諦めればいい。媚を売って、生きればいい。それも嫌なら、この地を離れればいい」
「へ、こりゃ耳に痛い」
 ガコンと男はギアをいれる。タイヤが砂煙を巻き上げ、一行の車は魔物の巣窟とかした西京市へと踏み入れた。
 女性は再びぼんやりと、窓の外を眺める。

 ただただ、古びた懐中時計が時を刻んでいた。

6 Jul. 2014