とある日曜日の朝。喫茶『Lunaria』のモーニングタイム。
俺はカウンターに立ち、洗い終わった食器類を片付けていた。
マスター兼調理担当であるじいちゃんは、開店前からキッチンにこもっている。今はケーキ作りに取り掛かっている頃か。ばあちゃんも作業の手伝いで一緒だ。
当然、ホールを担当するのは俺一人となる。
カランコロン
レトロなドアベルが鳴り、いつもの様に俺は声をかけた。
「いらっしゃいませ」
音とともに入ってきたのは2人。その姿を見た瞬間、おもわずヒクリと表情が引きつったのは仕方のないことだと思いたい。
まず、1人はいい。休日の朝によくコーヒーブレイクをしにくる人だ。確か『久堂さん』と言っていたか。仕事が庭師というだけあって、肌は健康的な日焼け色をしている。
今の御時世、こういった常連は大事にしないといけない。と、じいちゃんも言っていた。
問題なのは『お連れ』のほうだった。
相手も一瞬立ち止まったところを見れば、どうやら顔は覚えているらしい。
件の噂の神社でニアミスした、おそらく玄野流の人間。
身近に表情が見えないのがいるから、他の人よりは読める方だとは自負している。といっても、朱砂は身体全身で感情を表現しているからわかりやすいわけで、やはり目が見えないというのは読みにくい。
正直、あまり遭遇したくはなかった。久堂さんもなんとなく同業者な気配は掴んでいたが、それといった話は一切なかった。まさか、お知り合いだったとは。
もちろん、こんなところでケンカを売るほど俺もバカじゃあない。売られたんなら買うけど。
いまは『表』だ。
「珍しいですね、お連れさんがいらっしゃるのは」
にこやかに笑いながら、久堂さんはそのままカウンター席へ座る。
「ちょうど通りがけに会ってね。まだ朝ご飯を食べていないというから、誘った次第さ」
明るいところでよく見れば、自分とさほど齢は離れていないように見えるその青年は、どうやら戸惑っているらしい。無理もない。
「どうぞ、空いてる席へ」
「ほら、淳さんも」
自分と久堂さん双方から促され、小声で「……失礼します」と言いながら、久堂さんの隣席へと座る。
「ご注文は?」
「俺はいつものを」
「お連れさんは……メニューです、どうぞ」
差しだしたメニュー表をそっと受け取り、青年はじっと静かに見つめている。たぶん。
「…………Bセット……オレンジで」
「かしこまりました」
注文をとり、厨房へ伝達。品が出来上がるまでの間にトレイを2セット用意し、飲み物と細々としたものを配置していく。あ、マンゴージュースが切れかけてる。あとで補充しておかないと。
配膳窓から出された料理皿を配置すれば準備万端だ。
「お待たせしました。AセットとBセットになります。どうぞごゆっくり」
普段通りにことを終え、俺は残りの食器の片付けを再開する。朗らかに話しかけてくる久堂さんに相の手を入れながら。やはりお連れさんは黙々とトーストを食んでいたけれど。
他にお客が出たり入ったり、それなりに忙しげに働いていれば、厨房からばあちゃんが出てくる。どうやら下準備を終えたらしい。俺と入れ替わるように、ばあちゃんが久堂さんの話し相手になった。
時を同じくして、青年が空になったグラスをトレイの上へと戻す。そのまま席から立ち上がった。
「おや? もう帰るのか、淳さん」
「帰って寝る」
「そうか、気をつけてな」
久堂さんに別れの挨拶を終えると、青年はさっさと自分の分の伝票を掴みレジへと向かう。ばあちゃんは久堂さんと話の続きを始めているし、そうなるとやっぱり俺が担当するわけで。
レジにキーを打ち込み、代金を受け取る。どこにでもある『店員』と『客』のやりとり。
「……あんた」
「はい?」
コインケースからお釣りの硬貨をとっていると、不意に声をかけられる。平常を装い、営業用の笑みを浮かべ応える。
「……いや、なんでもない」
「そうですか? はい、お釣りです」
青年は少しばつが悪そうで、結局なにも聞いてはこなかった。お釣りを受け取ると、そのままドアを押して店から出ていく。
「ありがとうございましたー」
青年の影は途切れ、カランコロン、とレトロなドアベルだけが侘しく鳴っていた。
「…………」
世の中、広いようで、案外狭いところは狭いんだろう。
さて。これは『予感』というやつだろうか。きっと、近いうちにまた会う機会がくるだろう。その時が『表』なのか、『裏』なのかはわからないけれど。
その時はその時だ。
まぁ、それでも。
『客』として店に来るなら、いつだって歓迎するよ?
(2012/10/16)