「舟水さんって冬のイメージですよね」
 唐突な彼は、やはり唐突だった。




 繁華街の一角。今風のオシャレなセルフ式コーヒーショップ。風は日増しに冷たくなる。それは、秋から冬へ季節が移り変わろうとしている現れでもある。
 そんな風吹きすさぶテラス席は当然人気は少ない。寒い屋外より、暖かい屋内がいいに決まっている。ゆえに人気はほとんどない。ないのだが、通りからやや奥まったその席に、二人連れの男性が座っていた。
 建物の影になっているおかげなのか、そこに冷たい風が吹き込むことはない。
 一人は黒髪の青年。スーツを身にまとい、気怠けでどこか眠たげな目が印象的。
 一人は砂色の金髪の青年。チュニック型のセーターで首にはマフラーをまとい、眼鏡をかけている。終始、表情は笑顔だ。
 黒髪の青年が、呆れた調子で口を開く。
「相変わらず唐突だな、坂上」
「そうですか? 思ったことを言ったまでですよ、舟水さん」
 金髪の青年は何処か心外そうな口調ではあるが、それでも笑顔は崩れない。
「四季の一つ、冬を象徴とするのは水。方角は北、色は黒、」
「それは東洋思想のはずだろう。お前が使う術は確か西洋魔術じゃなかったか」
「シジル魔術のことですか? ええ、分類的には西洋魔術に属しますが……だからって、使えるか使えないかは別にしても、識っていて損はないでしょう?
 もし相手の術が東洋魔術に属すものだとして、識っているかそうでないかで対処はかわります。
 識るということは、相手の手の内を識ることにも繋がりますから」
 一理ある。西洋魔術と東洋魔術は一般的に相性が悪いとされる。しかし、「識る」と言う行為には何ら障害にはならないのだ。
 見識を広げることは、いざという場面に大きな力を発揮する。金髪の青年は「識る」ことに意味があり、決して無駄なことではないと語る。
 黒髪の青年もまた、彼の説く意味を理解したのか反論はしない。金髪の青年は、カップに口をつけた。コーヒーは温んでいる。
「……それでいけば、冬は冷たいということか」
「違いますよ。寒い冬だからこそ、ちょっとしたことでも暖かいと感じるんです。そういう意味です」
 金髪の青年は、至極当然のように言い切った。
「冷たさがあるから、対極の暖かさがより感じれるんです」
「……そうか」
「そうですよ」
 黒髪の青年は読めない表情のまま、金髪の青年はやはりニコニコと微笑んでいた。

 寒空の下のカフェテラスに男二人。
 ふいに、金髪の青年の携帯が鳴る。黒髪の青年は特に反応を返さず、金髪の青年は暫くの間携帯をいじっていた。
「――さてと」
 パチン、と。携帯を閉じた金髪の青年は、少し申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「今日は外せない用事があるので、先に帰ります。せっかくの舟水さんとの時間なのに……しょうがないですね」
 彼は脇に寄せていたショルダーバックを背負い、静かに席を立つ。自分の分のカップを慣れた手つきで掴むと。
「それじゃ、また」
 金髪の青年は黒髪の青年の頬にキスを一つ。あまりに自然体で、颯爽と立ち去っていた。残されたのは黒髪の青年一人。
 いつの間にか、青年の傍らには羊が立っていた。よく知られた渦巻状とは異なる角を持つためか、十中八九、『羊』とはわかってもらえないのが羊の悩みらしい。
「ちゃーき、また困った顔してる」
 通常、欧米の挨拶は握手が基本だ。親しい仲なら頬にキスを贈り合うこともある。それでも、女性同士、もしくは男女間であって男同士はまずない。
 ましてや黒髪の青年が長らく暮らしていた国では、ハグはまだしも、キスで挨拶をすると言う文化は一般的ではない。そのうえ『ココ』は日本だ、欧米ではない。
 黒髪の青年はカップを煽る。コーヒーはすっかり冷め切っていた。

(2013/02/13)